供花2
母の火葬が終わった
母の遺体は骨だけになり、骨壺におさめられた
感情的になってはいるものの、実家で飼っていたウサギが死んだときのほうが、好きだった音楽家が死んだときのほうが、よほどショックを受けていたような気がする
一方で自分が受けるショックをコントロールして最小限にとどめているようにも感じており、周囲の人間に、とりわけ実家の人間にそんなようすを見られたくないからであろうが、それを家人にだけ適用外にするという器用な真似ができず、おそらく本来の感情が行き場を失っているように思えるので、後々に悪影響を及ぼす場合がありそうで危機感を覚えている
火葬の当日の日曜の朝、さいごに一人だけで母と向き合った
そうしなければ、本来の悲しみを取り出すことが困難だった
子供の頃は子供ながらに母に親愛をおぼえており怒りっぽいお母さんという印象だけだったので、その頃に焼いてもらった世話の数々にその頃の私が悲しんでいるのはとても理解できる
何度かなきがらに泣いてすがるようにする自分を想像して(実際そうしたかったのかはっきりしない)、そこまで感情を爆発させたら反動が計り知れず恐ろしくてできない
しかし、このひとに世話になったことについては生前伝えられなかった気がするので言葉にするべきだろうと、産んでくれてありがとうと口にした
話をしても共通言語も常識もなさすぎて通じなかったので会話なんてしたくもなかったしこのひとが喜ぶことなんて言いたくもなかったから、きっと生前は一度も言ったことはなかった
せっかくおなかを痛めて産んだ娘がこんな恩知らずでかわいそうな人だ
でもしかたない、自分の矮小な価値観で自尊心を傷付け続けた人間に、感謝されようなんて思うほうが図々しいというもの
来世ではもっと知見を広げる努力をしてください
実の母に捨てられた自分は子供の頃はここまでしてもらえなかったんだからおまえは恵まれているもっと感謝しろと子供に自分の幼少期の鬱憤を押し付けるような大人にはならないでください
子供は産んで大きくするだけがすべてじゃないし自分の思うとおりに大きくなるわけでもない
大罪をおかしたわけでもないのにそこまで嫌われるいわれもないとお思いになるかもしれない、確かに私ももう正直どうして実の母をここまで嫌うのだろうと思うこともある
あなたが先を急いだのは、せっせと介護をしていた母が先立ち手持無沙汰になり、息子が定職につかないことに苛立ち、また娘が孫を産まないことに(自分と同じ立場にならないことに)絶望したからなのかもしれない
もともと介護疲れで体が限界だったのかもしれない
でもどれもありふれたことでとりわけ不幸なことでもない
あなたの人生であなたの選択だから、他人が付け入る隙などなかったのだろうと思う
精一杯に生きてたひとだから、晩年は不自由な生活で不安も多かっただろうが、悔いのすくない一生だっただろう
あなたが死ねば私はあなたの呪いから解放されるのかと思ったこともあったが、やはりそういう簡単なものでもなかった
この呪いもとりわけ不幸なことでもないのに、そんなどうでもいいものに執着しているから、こんなにも惨めなのかもしれない
かわいそうなまま生きていき、死んでいく、結局私もあなたと同じ道を歩くのでしょうね