夢中
2リットルサイズのペットボトル入りの水をコップにそそぎもせず口飲みしながら特段の事情もなく深夜に食い下がる
私には夫が一人いる
その夫はすでに明日の労働に備えて布団を目深にかぶって夢の中
夫の寝室から居間が見えるので、頭部の鼻から上を寝具からのぞかせた状態でこちらをいたずらっぽく寝る間際に中年の男性がこたつに構える中年の妻を凝視してきたりする、愛らしいかぎりだ
我々は寝室を別に持っている
時々、片方の部屋に二人で寝たりすることもあるのだが、基本的にはそれぞれで寝ることが多い
冬の季節は寝る前に妻の布団に二人でくるまって私のために毛布をあたためてから夫が自分の部屋に戻って寝るのだが、なんとも甲斐甲斐しい
結婚する前、まだ交際していたときは慣れていなかったからなのか男性との交際が久しぶりだったぶん人肌が刺激的だったこともあってか、一緒に寝るのが心地好くさえあった記憶があるのだが、いまとなっては一人用の寝具で大人ふたりは寝苦しいということが先立ってさっさと出て行ってほしいと率直に追い払ってしまうのでなにやら座りが悪い気分がする、(夫も妻に従順なので何の不満も文句も漏らさず自室に帰ってしまう、)ふと現況を述べるとなんだか愛情の不足を思わずにはいられない、もっと自分の感情は継続的に夫を愛撫するものと考えていたのだが子を孕みもしないうちからそうもいかなくなっており心外極まりない
交際が始まって初めて一緒に寝たのは私が一人暮らしをしていたときのアパートでだった
どういういきさつだったかはもう忘れてしまったが、私はそのとき、人間の男が欲しかったのだと罪悪交じりに述懐した、勢いで交際が始まったこのひとはすぐに縁が切れてしまうひとなのかもしれないが、いまこのときここに成人男性が必要だった、私には身体性に訴える圧倒的な動物が必要だった、そしてその潜在していた欲求を確実に満たすものを私は手に入れたのだ、束の間の充足なのかどうかは知れないことだが……
私は人間の女で女は平均的に男より体格が貧しく筋力も低い、なので、圧倒的な腕力を持った男と言う生き物に大人しく(ただただおとなしく)寄り添ってほしかったのだ、体温を持って皮膚をさわってほしかった、寝るときに安心したかった、ずっと安心できなかった、いまは安心だ、この安心がいまだけじゃないといい、郷愁とは程遠い知り合って間もない他人といるのに懐かしくて安らげて短い睫毛を伝って涙が出る、泣けてきてしまう、混乱して動転してそれなのにうれしくて、いいのか?いいのか?と誰に問うているのか許可を求めているのかわからない問いかけが何度となく通り過ぎていく、そういう凡人がいうところの幸せらしきものが私を形容してしまう空間が部屋に限りなく高い密度で充満していた夜だった
あれから4年か5年経つ
いつも迷っている
このまま夫婦でいていいのか
私は本来一人で生きて一人で死ぬのがふさわしい性質なのだ、他人の面倒を見られる器はない、だから夫に苦労をかけてばかりだ、自分を生かすことに疎かが目立つ生活しかしてこなかった癖がいまだに矯正できておらず夫が妻を扶養しているといっても過言ではない、甘え過ぎている
私は夫に甘えたくなくて離婚したいとよく考える
私といると夫は私の面倒を見て私の世話ばかり焼いてしまう、夫を疲れさせてしまう
それでも多分、これまで暮らしてきたようすを見ると、彼は私との生活が楽しいようだ
こんなにこき使われているのに、ドMとしか思えない
結婚前に、自分以外のためにお金を使いたいと言っていたので、それが楽しいのかもしれない、夫は普段そこまでお金を使って何かを買うことがない、趣味の競馬もお金を割高につぎ込むのは1年に一度きりだ
時折、夫の目線の私を想像する
かわいい?とよく聞いてくるし感情的だしよく落ち込むし自堕落だし料理しないし掃除も時々しかしないし洗濯ものはたたまないのがデフォルトだし……なんだろう、この女すごい……すごい程度が低い……