楕円偏光

elliptic polarization of light

寒暁

落ち着いたのは年の数の入れ替えに自分の気分が巻き込まれていたことからであり、ましてや男との戯言まがいな交流が鳴りを潜めただなんてことを今更くちからついてでることも憚るべきことであるはずなのに、それは未来の中で為されることである予感がして私を気落ちさせるのだった

平穏が、もはや、空気だ

年の暮れに隣人との同居を始めたことで、自分で払い続けていた賃貸料や光熱費がまるまる浮くかたちとなったので貯金もたまりやすくなったし車の運転が出来る人間が一緒に住まっているので買い物や送迎が捗るしわかりやすく生活が円滑に充実しているような気分がするのだがそれを自負するには協力する姿勢が私にはあまりにも欠けているし持ち合わせるつもりもないようで情けない限りである

情けないと口ではこぼしても、このままなのだろうことはわかりきっている、隣人はあまりにも他人に依存することを知らないし、私はあまりにも他人に依存することに長けているからだ

交際が始まったときからだ、このひとはどうしてエゴイズムを発露させないのだろう

初めてそれらしいものが顕著になったのが引っ越した当初にガステーブルを自分の不注意でよごしてしまったというときだけで、そのとき初めて私のことを(できるかぎり最小限になるよう配慮して)拒絶したと思う、その拒絶だって自分の苛立ちに私を巻き込みたくないがための反射だったのであろうことは明瞭だった

隣人は気付いていないのであろうが、私は端々で彼に対して身勝手な思いを抱いたことがあり、それを教えずに過ごしている

これから落ち合う段取りをするなら電子メールではなく電話をかけてきてくれたらいいのにだとか、食事が終わったあとのお皿によごれが付着しないように入れる水は満杯に入れるのではなく少しにしたらいいのにだとか、こういうことを思って自分の気分を私に左右されたことをは恐らく彼は一度たりともないのではないだろうか

私は隣人の気分に悪影響を及ぼした記憶が、おおよそない

最初に話をしたときから感じていた欲の薄さは依然として不変をたもっている

気心の知れた他人同士であれば段々と生じてくるであるはずの摩擦が表出してこないのでいつこの状態に違和感が生まれるのかと大袈裟に怯えている

毎日毎日顔を合わせるこのひとが不思議でたまらない、自分に好意を寄せている女性だというだけでここまで快適さを提供できるのは寛容でいられるのはどうしてなのかと問い質したい気持ちを持ち続けている

隣人は時折本人には何の悪意もなくまったくの不本意で自分の腕や足を私の身体にぶつけてしまうので、そのたびにごめんねごめんねと笑いながら些少の打撃を受けた部位を手でさすってくちびるをつきだしてくるのだが、そのとき意地悪を思いついて何度も何度も痛がることして嫌いなんでしょうねえそうなんでしょうとふざけると、首を横に振ってだいすきと猫撫で声で繰り返すのだった